毎年3月をすぎると、まるでユニフォームかのように同じ黒一色のスーツをまとった就活生が街にあふれます。そんなリクルートスーツを没個性だ、同調圧力だと批判する人がいる一方、ただでさえ忙しい就活期間に服装まで気にしている暇はない、服装が同じだからこそ内面の差異化が可能だとその合理性を唱える人もいます。
そんなリクルートスーツですが、実は黒のスーツが就活生の基本スタイルとして定着したのはここ20年のことです。本記事ではリクルートスーツのの歴史を当時の社会情勢を踏まえながら振り返り、なんとなく着なければいけないと思っているリクルートスーツの役割を考えていきます。
中編では1990年代から2010年代までの変遷にフォーカス。引き続き男性と女性、それぞれに見られる特徴を概観していきます。
前編はこちら↓
1990年代
男性 バブル崩壊と新たなトレンド
バブル期終盤にはデザイナーズブランドから流行した肩パッドなど硬い芯を使わないソフトスーツがリクルートスーツにも取り入れられ、その名の通り柔らかい印象を与えられるとして人気でした。
しかし、バブル崩壊が起きると不景気が採用縮小を招き、学生から金銭的・精神的な余裕を奪うことになります。それに合わせてリクルートスーツの画一化が一気に加速していきました。
バブル期にはネクタイの柄も人それぞれだったにもかかわらず、バブル崩壊と共にこういった個性は徐々に消えていきました。その反動かのように、トラディショナルで清潔感のある3ボタンスーツが流行します。金融などの堅い業界では従来の2ボタンスーツを選ぶべきという風潮がありましたが、90年代後半にはそんな不安を乗り越えて3ボタンスーツが主流になります。
しかし、90年代末に3ボタンスーツの流行に歯止めをかけたのが「新2Bスーツ」です。当時のトレンドとして中性的で細身の男性が好まれたことから、スリムなラインを演出できる「新2Bスーツ」が人気を集めました。
またスーツの色に関しては、70年代から一貫して紺が定番の色でした。バブル期は色の選択の幅が少なからずありましたが、不景気による採用縮小から学生の標準に合わせようという意識が高まり、メディアやスーツ販売員も紺を面接必勝色として勧めていたため、ますます紺の標準化が進みました。
しかし、あまりに紺のスーツを着る学生が多く、没個性だ、みんなと同じでダサいと感じた学生が差異化を図るためにグレーのスーツを選ぶようになります。これが現在の黒のリクルートスーツへと繋がっていきます。
女性 “女らしさ”の消滅
90年代は“女らしさ”との葛藤が最高潮に達した時代と言えるでしょう。就職氷河期や97年の男女雇用機会均等法の施行などの社会情勢に応じて、大きな変化が見られました。
90年代前半のトレンドとしてはタイトスカートが挙げられます。タイトスカートは“甘さ”を排除した緊張感のあるスタイルなので、80年代には面接には不向きとされていました。しかし、このような特徴はスマートさを演出したいキャリア志向の女性たちから人気を集め、90年代以降は堅さと“女らしさ”のバランスが取れたアイテムとして定着していきます。
90年代半ばにはタイトスカートの丈に変化が見られます。バブル時代のボディコンシャスの流行が、ひざ丈がベストとされていたそれまでのスカート丈の規範を打ち破り、ひざ上5cm程度のミニ丈がリクルートスーツのトレンドになります。ミニ丈のスカートははつらつとした印象が与えられるとして浸透し、当時の雑誌では足に自信がある人はひざ上15cmでもOKと紹介されるほどでした。
しかし、このミニ丈の流行は不景気による就職難のなかで、面接において女性が男性の性的な視線を想定せざるを得なかった一面もあると考えられます。
これに反発するように登場したのがパンツスーツです。90年代初め、パンツスーツはあくまで機能性を重視したアイテムであり、服装に注目が集まる場にはそぐわないというのが一般的なイメージだったため、面接にパンツスーツを着ていくことは厳禁とされていました
しかし、90年代後半には就職活動の長期化に合わせて、同じスーツで印象を変える手段として、スカートとパンツのセット販売が登場します。これをきっかけにマスコミなどの限られた業界で、パンツスーツがリクルートスーツとして受け入れられるようになりました。
またこの時期には、襟元からも“女らしさ”が消えていきます。90年代前半の定番だったボウタイやリボンタイなどの女らしい襟元よりも真面目さや活発さを演出できるレギュラーカラーやスキッパーシャツが人気を集めるようになりました。
2000年代
男性 黒の流行
90年代に流行った差異化のためのグレーは黒いスーツが流行するきっかけとなりました。グレーは次第にトーンを落としていき、黒に近いダークグレーや、紺でも濃紺が好まれるようになっていきます。その背景にはモード界での黒の流行とその汎用性の高さがありました。
90年代末から2000年代はじめ、世界の名だたるブランドがスタイリッシュな黒いスーツをコレクションで発表したことから、日本でも死を連想させるというマイナスなイメージは薄れていき、黒はモードな色として受容されていきます。90年代から続く男性の細身志向とも相まって、スリムな印象を与えられる黒の2ボタンスーツが次第に流行します。
また、黒はTPOを選ばず、カジュアルにもビジネスにも冠婚葬祭にも使える汎用性の高い色であり、黒のスーツは不況が続く中で経済的であるとして支持を得ました。
以前は社会人のファーストスーツと位置付けられていたリクルートスーツでしたが、就職活動の長期化・早期化の影響を受け、90年代ごろから、就活の期間だけ活躍するその場しのぎの服とみなされるようになっていました。これにより、安くて快適で丈夫なスーツが求められるようになり、2000年代には紳士服専門店だけでなく総合スーパーを巻き込んでリクルートスーツの価格競争が加速します。
女性 リクルートスーツ規範の形成
90年代後半に登場したパンツスーツは、2000年代にはリクルートスーツとしての地位を確立していきます。パンツスーツは徐々に社会に浸透していきますが、パンツは面接に不利という言説は完全には消え去っていませんでした。
また、スーツの色として男性と同様に黒の人気が一気に高まります。元々、女性にとってリクルートスーツは就活が終わったら着る機会のないものでしたが、黒ならば冠婚葬祭に転用したり、流行色であるが故にコーディネート次第では通勤服としても使えるため、広く受け入れられるようになりました。また、男性のような伝統的なスーツの規範がなかったため、流行色がスーツに受容されやすかったと考えられます。さらに、黒のパンツスーツはシャープな印象を演出できるアイテムであり、男性と同じく細身志向が強かったこの時代に最適だったことも人気の要因の1つです。
襟元もレギュラータイプかスキッパータイプが主な選択肢となりました。男女雇用機会均等法や採用方式の変化を受けて、職場の花としての役割を捨て、知的で仕事ができるというイメージを追求した結果、パンツスタイルや簡素な襟元がリクルートスーツとして定着していきました。
2010年代
男性 スーツ規範の再認識
2010年代には男性の就活生の7割が黒のスーツを選ぶほど、リクルートスーツの定番となりました。しかし本来、ビジネスシーンにおいて黒のスーツは存在していませんでした。リクルートスーツがファーストスーツしての役割を失い、その時限りの服となったため、ビジネススーツの規範から外れた黒が問題視されずに定着したと考えられます。
そんな中、ビジネススーツの規範を再認識しようという動きが見られるようになっていきます。当時の雑誌では黒を流行の色としたうえで、濃紺をビジネスに最適なフォーマルな色と紹介したり、細身志向を反映したスリムなシルエットのスーツを批判するなど、流行とビジネススタイルの差別化を強調しています。
これを受け、ビジネススーツの規範から外れたリクルートスーツでも標準の再構築が目指されました。実際に紺のスーツを選ぶ就活生が近年増加傾向にあります。また、80年代であれば個性とみなされたであろうナロータイやモンクストラップの革靴がNGとされるなど、細かい規定が生まれました。
女性 ビジネススタイルの確立
2000年代に形成された“女らしさ”が排除されたリクルートスーツは、2010年代になるとメディアによってスカートやパンツの丈、パンプスの形などの細部に渡るまで規定が付け加えられました。
このリクルートスーツの規範は大きく変わることはなく現在にも受け継がれています。これほどまでに画一化したリクルートスーツが定着したことは、70年代から目指された女性のビジネススタイルの確立がある程度達成されたと言えるでしょう。
また2000年代末から、景気回復により求人数が徐々に増加し始めると、スーツのディテールに個性が現れ始めます。特にアパレルや化粧品メーカーなど服装の自由度が高い業界では、華奢なピアスやシュシュなどのアクセサリーも認められており、華やかさを取り入れたスタイルが2010年代には見られました。
しかしこれは以前の“女らしさ”の復活という意味合いではなく、個性の表現として“女らしさ”が着脱可能になったということです。
まとめ
90年代のバブル崩壊により、リクルートスーツは一気に画一化されていきました。それは、服装にこだわって内定を逃すくらいなら無難なものを選ぶという追い詰められた就活生の思いの現れだった考えられます。
これに加え、世界的な黒の流行、リクルートスーツの日用品化などから影響を受け、無難で他の用途にも使える黒という色がリクルートスーツの定番となりました。
画一化にはネガティブなイメージがありますが、女性のビジネススタイルの確立というポジティブな側面もあることを忘れてはいけません。
このように、リクルートスーツは社会の変化に合わせて絶えずその形を変えてきました。現在の黒のリクルートスーツもその通過点の1つに過ぎず、今後も変化を続けていくでしょう。
画一化されたリクルートスーツに疑問を抱いている人も少なくないと思います。しかし、単にみんなが着ているから着るのと、歴史的変遷とその合理性を知って着るのとではリクルートスーツに対する印象が全く違います。
どんな形であれ、自分が納得できる服装で挑むことが長い就活との戦いでモチベーションを保ち続ける1つの方法になるはずです。
後編では、コロナ禍という未曾有の事態に突入した2020年以降のリクルートスーツのゆくえを考えていきます。
後編こちら↓
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【参考文献】
「リクルートスーツの社会史」(田中里尚、青土社、2019)