1949年創立の日本最古のファッションサークル、「早稲田大学繊維研究会」。早稲田大学をはじめとする総合大学や、服飾専門学校に通う学生らが集っています。過去には、「アンリアレイジ(ANREALAGE)」の森永邦彦や「ケイスケカンダ(KEISUKE KANDA)」の神田恵介などのデザイナーを輩出しています。

同サークルでは「ファッション業界を取り巻く現状に対して、ファッションを媒体として批評を行う」ことを活動の軸とし、その発表の場として、ファッションショーを年に一回開催。今年12月に行われるファッションショーは、予約段階で全ての部が満席に達するほど多くの注目を集めています。

今回は、そんな早稲田大学繊維研究会に所属する部員に、服作りへの思いやチームの魅力を伺いました。

活動の軸は、ファッション批評

ー日本最古のファッションサークルと呼ばれるほど、ファッションサークルの中でも長い歴史を持っていますが、団体について簡単に教えてください。

井上:週に一回、早稲田大学の学生会館を拠点に活動していて、ファッションショーを年に一回開催しています。「服造」と呼ばれるデザイナーと「演出」、「広報」の3部門に分かれており、部員は全体で65人ほどです。早稲田大学の学生とその他の学生の割合は大体半々くらいで、他大学の学生には総合大学の被服学科の学生や、服飾の専門学校に通っている学生が多いですね。

左:井上 航平(いのうえ・こうへい)早稲田大学繊維研究会代表。早稲田大学 文学部 美術史専攻。サークルでは、代表と兼任して服造(デザイナー)として活動している。
右:柳 小春(やなぎ・こはる)早稲田大学 文学部 英文学専攻。服造を担当している。

ー「ファッションを媒体として批評を行う」という活動の軸があります。早稲田大学繊維研究会らしさは、そういったファッション批評につながりますか?

井上:ファッション業界を取り巻く現状や問題点への批評が活動のベースになっていて、それを軸にショーのコンセプトを考えています。他の団体との一番の違いは、批評の軸があることかもしれません。

柳:フェミニズムの観点から考えられたデザイン案が部内からあがることもあります。環境負荷が非常に大きいと指摘されているファッション産業ですが、サークル内には環境問題だけでなく、フェミニズムやクィア・スタディーズにも関心のある人が多いですね。

ーそもそも、早稲田大学繊維研究会に入ろうと思ったのはなぜだったんですか?

小林:大学では被服学科に通っているのですが、意外と授業で服を作る機会が少なくて。せっかく被服学科で学んでいるのに、服を作らないのはもったいないなと思って、一番通いやすく、雰囲気もよかった早稲田大学繊維研究会に入部しました。

杉田:私は新入生歓迎会に行った際に、先輩たちを見て、率直にかっこいいなと思ったからです。あと、小さい頃にデザイナーになりたいと思っていたことがあったので、在学中に服を作らないと後悔すると思ったのがきっかけでした。

左:杉田 美侑(すぎた・みゆ)早稲田大学繊維研究会副代表。早稲田大学 文学部 フランス語フランス文学専攻。昨年は服造として活動したが、今年は演出を担当している。
右:小林 千鶴(こばやし・ちづる)日本女子大学被服学科。演出として活動する傍ら、大学での学びを活かし、服造の手助けも行っている。

柳:将来、もの作りをしたいという夢があったので、専門学校に行くか迷っていました。そんな中で、総合大学でさらに洋服も作れるサークルがあると知り、即決でした。

井上:各大学のサークルを調べていた時に、当時の早稲田大学繊維研究会の代表のインタビュー記事を見つけたのがきっかけです。早稲田大学に入学したからには、と思いこのサークルに入りました。いま、こうして代表としてインタビューを受けているので不思議な気持ちです(笑)。

ー服作りはどうやって習得しているんですか?

井上:服飾専門学校に通っていた人がいたので、パターン本の読み方から教えてもらいました。そこからパターンの引き方を勉強して、自分で試行錯誤を繰り返しています。

柳:大変ですが、自分たちでゼロから試行錯誤する楽しさがあると思います。

杉田:被服系の専門学校に通う際の費用がかからないので、チャレンジするハードルは低いですよね。ただ、私も最初は右も左も分からなかったので、被服学科に通っている小林に実際にパターンを引いてもらって、ハサミで切りながら教えてもらったりしました。

小林:大学の授業で学ぶのは一般的なパターンの形。デザイン画のパターンの経験はないので、一緒に考えながら作り上げています。授業の内容とプラスアルファでお互い高め合えているんじゃないでしょうか。

ー演出の部門ではどんなことをしているんですか?

小林:ファッションショーで使用する音楽の制作を音楽家の方に依頼したり、ファッションショーでのカメラの配置やスイッチングなどを行ったりしています。モデルの動きに合わせてどうカメラを配置すれば綺麗な画が撮れるのか、会場にいなくても臨場感や雰囲気を味わってもらえるのかを常に考えています。

井上:その他にも、ルックブックのレイアウトや紙の素材選定などショー以外のディレクションも担当しています。

ーファッションショーでのカメラのセッティングなど、ある程度スキルが必要な場面も出てくるのでは?

小林:実は、私と杉田は、OBの先輩が働いている映像制作も手掛けるファッション系のPR会社でインターンをさせてもらっているんです。そこでの経験を団体に少しは還元できているのかもしれません。

杉田:インターンを体験させてもらったり、演出など多岐にわたる仕事を経験させてもらったりなど、経験値ゼロの状態からチャレンジできるのはすごくありがたいです。

見栄えが重視されている世の中の風潮に違和感

ー今年12月に行われるファッションショーのコンセプトは?

井上:コンセプトテーマは「見えないものを見るとき」です。ファッションにおいて、SNSでの見栄えが過度に重視されている風潮を感じています。そういった表面的な部分で判断してしまうことに対する疑問からスタートしました。視覚的に見栄えのいいものが全てではなく、見えない部分にこそよさが隠されているのではというメッセージが、このコンセプトに込められています。

ーショーのタイトルは「透き間、仄めき」。これにはどんな意味が込められているんですか?

井上:ショーのコンセプトから余白の美学の着想を得て、このタイトルをつけました。余白の美学から導き出された「隙間」という単語をもとに、恣意的に覗く動作を意味するこの漢字ではなく、ふとした瞬間に目に入ってくるような情緒を感じて、「透き間」という漢字を採用しました。「仄めき」という漢字は、文字自体に余白があり、節をつなぐ読点は、声に出して読んだ時に間を生む役割を果たすことから、このタイトルになりました。

杉田:今回のコンセプトは、繊維研究会らしさが凝縮されています。繊維研究会らしさとは、何かテーマがあった時にそれをそのまま形にするのではなく、考えて咀嚼するなど段階を踏み、自分の中で発展させたものにすること。そういった過程や奥ゆかしさ、知性のようなものが凝縮されているのではないでしょうか。

ー モードに傾倒するのではなく、編み物などが入っていたりと手作り感や温かみのある作品が特徴だと感じました。

杉田:繊維研究会らしさを言語化していただいた気がします。

井上:チュールとかを使うことが多いですね。

杉田:柔らかさみたいなものが、このコンセプトでも表現されていると思います。

ーどんなインスピレーションから作品として形になるんでしょうか。今回制作した作品について教えてください。

柳:自分にとって大切な音楽をテーマにしています。誰しも、一人の人間の全貌を分かりきることはできないですが、たとえ一部分であったとしても、そこを愛することはできると思うんです。

いま、自分が見ているものが他者の一部分だと理解した上で愛することこそ、本当の愛なのではないか、というメッセージを込めています。ルックでは、皮膚を連想させるつぎはぎのパーツを使用し、身体の一部分をイメージしています。

井上:テーマである「見えないものを見る」というところから、思い浮かんだのが、音楽家であるジョン・ケージが作曲した『4分33秒』という楽曲です。

4分33秒間、無音が続くという面白い音楽で、聴衆が無音に集中することで自分から発される音や周りの環境音により敏感になるんです。ルックでは前後に鏡をつけ、モデルを見ているはずなのに、いつのまにか反射して映る自分を見ているような構図にしました。

ー演出でこだわったところはどんなところですか?

杉田:白い垂れ幕を天井から吊るして奥から光を当てることで、垂れ幕越しや、吊るしている布と布の隙間からモデルが見え隠れするところにコンセプトテーマを落とし込みました。

井上:広い会場ではないので、空間をどう活用するかは悩みました。使用する会場は2フロアの特徴的な構造なのですが、2階からモデルがランウェイを降りてくるような上下の高さを利用した演出は、今回注力したポイントです。

小林:私は、ランウェイを歩くモデルの足元から徐々に全体像を写していくパンナップという撮影方法を担当しています。難しいですが、やはり楽しさが勝りますね。一回きりの本番なので緊張しますが、カメラ越しに特等席で見させてもらっている感じがして、細かいディテールまでこんな風になっているんだ!と思いながら撮影しています。

個々が確立しながらも、そこに温かみがあるチーム

ー自分にとって早稲田大学繊維研究会とは、どんな場所ですか?

杉田:私にとっては、ある種のセーフスペースのような場所です。それぞれが自分の世界観や考え方を持って集まっている中で、個々が否定されることなく、尊重されている環境です。思想のある服作りをしている人が多いですが、それぞれの考えを形にしても否定されることなく、またそれを恐れなくていい環境だと思います。

あと、洋服好きが集まるとデザイナーズブランドの方がいいよね、という空気感がある場所もあると思うのですが、どこで買っていてもその人が好きだと思うんだったら、それってすてきだよねって言い合えるチームです。

小林:それぞれの意思を持ちつつも、ほっこりする感じ。

柳:私はチームのことをどうぶつの森って呼んでいます(笑)。単にほのぼのしているだけでなく、個々が干渉せずに自分の世界を生きているところまでを含めてそう呼んでいます。表層的な団欒ではなく、個々が個々の世界を確立し合っているんだけど、でもそこに温かみがあるという、真の平和がここにあります。

井上:仕事に関してだと、いちから何百万円規模のものを作りあげる経験は普通の学生生活を送っていたらできないこと。プロのモデルやカメラマンにイメージを伝えたり、逆にアドバイスを頂いたりして、プロの現場に入れてもらえるのはやりがいです。

ー卒業後のビジョンはありますか?

柳:就職するか決まっていませんが、服を作りたいというよりはかわいいものを作りたいという思いの方が強いので、キャラクターグッズの開発をする仕事に就くか、自分の小さい洋服屋を持ちたいです。

井上:ファッションを扱うメディアなど、どこかしらで服に関わり続けたいです。自分が好きな服を着て、好きな服に触れられる現場で働けることが理想ですね。

杉田:私も特に決まっておらず、ファッションにこだわらなくてもいいと思っています。専攻しているフランス語を実際に現地で学んで、日本に持ち帰って活かせる仕事ができたらいいのかなと思っています。

小林:卒業後、すぐ就職することは考えていなくて。いまは、オートクチュールなど手作業から生み出される美しいプロダクトに興味があるので、もし学ぶ機会があるなら実際にフランスに行って学んでみたいです。

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三谷温紀(READY TO FASHION MAG 編集部)

2000年、埼玉県生まれ。青山学院大学文学部卒業後、インターンとして活動していた「READY TO FASHION」に新卒で入社。記事執筆やインタビュー取材などを行っている。ジェンダーやメンタルヘルスなどの社会問題にも興味関心があり、他媒体でも執筆活動中。韓国カルチャーをこよなく愛している。