視覚から得る情報というのは格段に昔に比べて多くなっている。
それはSNSの影響が大きいだろう。特にその中でも若者の生活に影響や刺激を与えているのが「ファッショニスタ」である。
そんな彼らの「日常」というものはどんなものなのだろうか・・・。
私たちは彼らに27枚撮りの“写ルンです”を渡し、日常の3シーンを撮ってもらった。そこから見える彼らの世界とは。SNS上でみる世界とはまた違う彼らにきっと出会うはず。
Vol.6はフィルムカメラの中に住んでいるかのようなレトロな雰囲気を醸し出す河北桃子。
彼女の日常を、“写ルンです”の視点で覗いてみようと思う。
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“写ルンです”で切り取るファッショニスタの視点vol.2: 瀧澤香菜
“写ルンです”で切り取るファッショニスタの視点vol.3: Sai
“写ルンです”で切り取るファッショニスタの視点vol.4: キム・スギョン
“写ルンです”で切り取るファッショニスタの視点vol.5:Rina
scene 1 :衝動的な感情を切り取る事をより重視したもの
構図やタイミングをよく考え撮影したというよりかは、その場の感情で衝動的に撮ったものが殆ど。特に光の降り方が綺麗であったり個人的にノスタルジーを感じた・美しいと思った瞬間の写真。撮影時は夏真っ盛りだった為、今こうして改めて見てみると晴れ曇りに拘らず夏独特の風情がしっかりと出ていると思った。
また5枚目の建築物に関しては、撮る際全く気がつかなかったが建物がまるで音楽ホールの壁のようであり、撮影後に気づかされる事が十分にあるのが写真の凄い所だと感じた。
scene 2 : 日常生活においてごく自然に撮りためていったもの・自分にとって当時の事を思い出す材料となるもの
主に日常生活の一部を切り取ったもの。脱ぎ捨てたままのTシャツや夕方離陸前のぼんやりとしたライトなど、情報量は非常に少ないが、自分にとっては当時のエピソードを事細かに思い出せる立派な材料になる。このような日常的な写真は文章を添えなくとも日記と同じ、若しくはそれ以上の働きをしてくれるのではないだろうか。
scene 3: 人が写っていなくとも生活の形跡から光景を想像できるもの
これらの写真は人が写っていなくとも、生活の形跡から光景を想像できる場所をテーマとしている。例えば無人の喫茶店であったり鋼材が置かれたままの無人の工事現場。生きているものは全く写っていないが生活を営んでいた・労働をしていた跡は確かに存在し、賑やかであったり活力のある様子が思い浮かべられる。また、2枚目の屋上庭園の写真は、配列された植木の前に秋刀魚の箱が置かれ、視覚的にも状況的にも激しいコントラストがたるのが非常に面白いと思った。